MIDI と実演

Thursday, 12th October, 2000.

この page は MIDI は実演奏を超えるようになるか ? という論争に関する私見である。

私も知らないある人がこう主張したそうである。今の MIDI はまだまだだがそのうち MIDI は実演奏を超えるようになるだろう。管楽器などは難しいだろうが, ピアノとオルガンに関してはそのうち実演奏と区別のつかない MIDI を作れるようになるだろう。と言うのがその人の主張らしい。 (非常に間接的な方法で知ったのでここの記述には誤りがあるかもしれない)

私の考えはそんなことはありえない, MIDI と実演奏の区別がつけられないようにするのはとんでもなく手間がかかるから仮に技術的に可能になったとしても, 事実上不可能だ, というものである。

先に主張した人はピアノとオルガンは比較的コントロールしなければならない要因が少ないから上述のように主張したと思われるが, 私の考えではピアノとオルガンでもそういう要因は充分すぎるほど多い。

まず音色であるがピアノに関しては所謂タッチの差によって微妙に音色が変わることが知られている。音色は「音色」という page に書いたように周波数成分を算出して入力しなければならない。更にピアノは音の強弱に時間的変化を生じ, その変化に伴って音色が変化しているのでその変化をちゃんと計算しないといけない。これは押し着せ (即ちあらかじめ計算した値) で充分だろうか ? 私にはそうは思えない。ピアノはご存知のように低音部と中音部と高音部では弦の本数や弦の構造, ダンパーの有無などが違っている。更にはペダルがあり, ペダルを踏んだ瞬間に今度は他の弦の共鳴を計算してやらなければならない。Una Corda という (左の) ペダルもある。音部毎に変えれば良いか ? いや多分一音一音違うだろう。これに強弱毎に周波数成分を変えるとしたら...。88 鍵の何百倍という data であるから 10000 は優に超える。これが分かっている物理法則に支配されているのなら式をいれて computer に自動計算させればよいが, 多分その辺の理論は良く分かっていないに違いない。そして, そこがすべて入力されていたとしても, 実際に MIDI の曲を作るためには, 一音ごとにそれがどの大きさで打鍵されているか, ペダルをいつ踏んでいつ離したかということを指定しなければならない。オルガンはこのようなことはそんなにはないかもしれない。現在, 空気をパイプに送っているのはモーターだからである。しかしパイプオルガンのパイプの数っていうのは一体何本あるのだろうか ? 少なくともパイプ毎に違う data を入力しなければいけないだろう。管楽器弦楽器に関してはそのメカニズムの複雑さから, 入力すべき data は格段に増えてしまう。

こういうことをすべてやってもまだ難関はある。それは揺らぎである。最もメカニカルな楽器であるオルガンでも人間が演奏する限り, 指で打鍵するタイミングというものはまったく正確というわけにはいかない。微妙に速くなったり遅くなったりしているはずである。この微妙なずれのことを「揺らぎ」という (専門用語である)。電子オルガンであってもそれが機械演奏なのか, 実演なのかというのは良く聞くと分かってしまうことが多い。それはこの揺らぎが含まれているかいないかによる---ということである。人間の揺らぎは通常 1/f 揺らぎというものを引き起こしている (実験観測による)。現在の MIDI の演奏は決して揺らがない。それはそういう機能がないからである。一つの方法は, 揺らぎを自動計算して入れてやればよいという考えがある。一音毎に揺らぎを挿入するだけでは不十分である。小節毎に挿入しなくてはいけないし, 長さだけではなく強弱にも入れなくてはならない。 これを一音毎に入れてしかも全体的に調和が取れるようにするのにはかなりの計算時間がかかると思われる。少なくとも自動でやった後に不自然でないようにする為の微調整は手動でやらなければならないだろう。

このように, 実演奏に近づけようとすると入力すべき data (工学の人は普通これを parameters と呼ぶ) が爆発的に増大する。従って実際問題としてはこれは不可能であろうと思うのである。

勿論これはピアノとオルガンに限った話であったが, 他の楽器にまで手を伸ばせばもっと parameters は多くなる。それは envelope 即ち音の立ち上がりから消失までの強弱変化があり, それらを人間が control 出来るからである。もし仮にオルガンが実演奏と区別できないように MIDI で (或いはその他の方法で) 作ることが出来ても, オーケストラ曲をそうする為には, わずか 5 分の曲といえど, 気の遠くなるような入力時間がかかると思われる。そしてそんなことまでして実演奏と区別のつかない MIDI なんて人は作りたいと思うだろうか ? 私が思うに, 今の MIDI は普通の人には充分満足のいく出来なのではないだろうか。従ってそんな複雑な MIDI sequencer は作っても売れないだろうから, 誰も作らないに違いない。


さてここからは, (もしいたら) 不幸にもこんな所を読んでしまった若き engineers へ宛てて。

私がどう思おうが, どう考えようが, もしかしたら技術革新は私の想像するものよりももっと速く遠くまで行くかもしれないし, 専門科の耳はごまかせなくても, 一般の人にはまったく MIDI だか実演だか分からないものを作るようにはできるかもしれない。カセットテープが出現したとき, 人々はこれを馬鹿にしたものだし, MD や MPEG などはどの程度ごまかしても人々に容認されるかということとの兼ね合いで圧縮率など決まっているのだから。

従って私の言葉になど耳を貸さずに, 自分の目標と理想に向かって邁進していただきたい。


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