マトリックス matrix

Wednesday, 24th May, 2000.
Friday, 7th February, 2003.

映画のタイトルである。数学用語としての matrix は「行列」。行と列で出来ているからであるが, こういういい訳をつけたのは代数学者高木貞治であるという。 大体この時代に付けた日本語訳は名訳が多い。唯一失敗したのは「有理数」rational number だろう。Rational を「理性のある」と解したのがそもそも間違いで, 「比の」という意味であることに気付かなかったのが失敗の元である。 だから「有数」の方がいいだろうという人がいるのだが, 今更変えるわけにはいかない。 (因みに行列は中国では 「矩陣」 と呼ぶらしい)

閑話休題。Matrix は英和辞典を引くと「母体」と出ているが, もともと数学では連立一次方程式が解けたり解が一意に定まらなかったり, 解がまったく存在しないというものを判定する方法として行列式 determinant (直訳すると「決定式」) というものが研究されていたのだが, その行列式を生成するいわば母体としての係数行列を matrix と名付けたものらしい。複数形は matrices である。

行列とは次のようなものである。

[(m,n)行列]

これは行 (row 横の並び) が m 個, 列 (column 縦の並び) が n 個なので (m, n) 型の行列と呼ばれる。同じ型の行列同士に関して和と差が求められ, 同じ位置にある数 (成分という) を足し算若しくは引き算して同じ位置に書く。これを簡単に
(aij) + (bij) = (aji + bij)
と書いたりする。i 行, j 列の位置にある成分を第 (i, j) 成分という。(i と j だと区別がつきにくかったね, 御免なさい (^_^;; )

scalar (スカラー) 倍も vector と同じに, すべての成分に一様に同じ数を掛ける。即ち
k(aij) = (kaij).

掛け算が面倒なのだが, (m, l) 型の行列と (l, n) 型の行列だけに対して定義できて,
(aik)(bkj) = (Σk = 1l aikbkj) (右辺の括弧の中は第 (i, j) 成分である).

この積の定義によって一般には二つの行列 A と B に関し AB と BA は等しくならない。この変な定義は一次変換の代入から考えると自然なのである。

一次変換の説明をする前に, 係数行列の説明をしよう。

[n 元一次連立方程式]

左側の n 元一次連立方程式を行列の積に従って翻訳すると右側のようになる (xi = xi1 と思い直す) 。このとき行列 (aij) をこの連立方程式の係数行列 (coefficient matrix) と呼ぶ。

ここでもし (xi) = (cik)(yk) だとすると, (aij)(xi) = (aij)(cjk)(yk) = (Σj = 1l aijcjk)(yk) となるので, その意味で掛け算の定義は自然なのである。ここで, 変数の変換式 (xi) = (cik)(yk) のことを一次変換 linear transformation という (普通と x と y が逆だが気にしない)。行列が main で働く舞台はこの一次変換の世界である。

行列式の定義は面倒なのでここには書かない。一次変換についても詳しく知りたい人は, 「行列と行列式」とか, 「線型代数学」と書いてある本を読んでいただきたい。


ところで, matrix には母岩 (gangue) という, 宝石, 化石, 金属を包蔵する岩石のことも意味している。 最近出た山本義隆著 「磁力と重力の発見」 (みすず書房) を読んでいてこの理由が分かったのだが, 昔は金とか銀とかそういう鉱石は, matrix の中で生まれ成長すると信じられていたのだそうだ。 つまり, 金山で幾分か金を採った後, 暫く休ませておくと, あたかも海の魚が又増えていたり, 野の草が又生い茂ったりするように, 金も再生していると固く信じられていたのである。 だから同じ言葉で子宮をも意味する matrix が母岩, 鉱床を意味するようになったということだ。

Saturday, 28th June, 2003.


「行列」 で参照されている。

Sunday, 24th January, 2016.


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