The Michael Nyman Band

Wednesday, 2nd June, 2004.
すみだトリフォニーホール
19:00--21:18


第一部

The Piano (ピアノ・レッスン) (piano solo by Michael Nyman)
The Draughtsman's Contract (英国式庭園殺人事件)
Prospero's Books (プロスペローの本)

第二部 film concert

Человек с Аппаратом (Man with a Movie Camera)
ロシア・アヴァンギャルド映画の最高傑作
Дзига Вертов (ジガ・ヴェルトフ) 監督, USSR, 1929, 白黒 silent, 69 分
(カメラを持った男, 日本初演)

The Michael Nyman Band
Michael Nyman, pfte.
Gabrielle Lester, vn.
Catherine Thompson, vn.
Catherine Musker, va.
Anthony Hinnigan, vc.
David Roach, soprano & alto sax.
Simon Haram, ditto.
Andrew Findon, Baritone sax, fl, & piccolo.
Steve Sidwell, trump.
David Lee, horn.
Nigel Barr, bass Tromb & eupho.
Martin Elliott, bass guitar.


昨年 Kronos Quartet に行ったときに貰ったチラシの中にあったので興味を持っていた。

Michael Nyman は 22nd March, 1944 に London で生まれている。 ということはこの concert の時は丁度 60 歳。 還暦だ。

30 January より一般発売だったが, これは比較的容易に取れた。 席もなかなかである。 只現時点で, 六月の予定が全く出ていないのが一寸気がかり。

ピアノ・レッスン (The Piano) とは 1993 の映画の title らしい。 Thursday, 26th February, 2004 に NHK 衛星第二 (BS 11) で 19:55 から放送されていた (見てはいないが)。

94 年にヒットした映画 「ピアノ・レッスン」 の印象的な音楽を作曲した英国のマイケル・ナイマンが自らのバンドを率いて七年ぶりに来日公演を行う。
 「ピアノ・レッスン」等ナイマン作曲の映画音楽も演奏するが, 今回の見どころはロシア・アヴァンギャルドの代表作といわれる無声映画 「カメラを持った男」 を大スクリーンに上映し, ナイマン・バンドが演奏する日本初演のフィルムコンサートだ。
 様々な映像技法を駆使してロシアの街や人を撮影した二十年代のこの記録映画は, 映画史上でも重要な作品とされる。 ナイマンは 「強いパワーを持った映像で, それに負けない音楽を作った。 台詞や物語に合わせる制約がないので, 自由な発想で作曲できた。 最高の自信作」 と語る。

ロシアの名作映画背にフィルムコンサート
マイケル・ナイマン公演
朝日新聞, morning, Wednesday, 21st April, 2004.

Wed. 19th May, 2004 の夕刊にも宣伝が出ていた (企画制作は朝日新聞広告局)

Special Entertainment in Early Summer 初夏のエンタメ特集
美しい旋律が響く魅惑の世界へ

イギリスが誇る映画音楽の巨匠が七年振りに来日
【来日公演 The Michael Nyman Band】

「ピアノ・レッスン」 等の映画音楽で知られるイギリスの音楽家, Michael Nyman が自らの band を率いて七年振りに来日する。 自身の映画音楽を演奏する他, 今回注目されるのが, 二十年代ロシアの無声映画を上映し, その前で The Michael Nyman Band が演奏する日本初演のコンサートだ。

  「ピアノ・レッスン」 等の映画音楽を自ら演奏

Michael Nyman といえば, Jane Campion 監督 「ピアノ・レッスン」 での, 叙情的な旋律で知られる。 Pfte を通じてしか感情を表現できない heroine の奏でるあの melody は, Scotland の民謡を引用したもの。 クラシック, 民族音楽, rock 等を base に, 独自の手法で再構築された彼の音世界は幅広いそうから支持されている。 ピーター・グリーナウェイ監督の一連の作品での刺激的な音楽, 映像と performances を融合させた実験的作品にも熱狂的な fan が多い。
 そんな彼が, 「ピアノ・レッスン」 で heroine が弾いたピアノ小品を, 自ら pfte で独奏。 Main theme 「愉しみを希う心」, Brahms 後期の間奏曲を思わせる 「ビッグ・マイ・シークレット」 等を作曲家自身がどう解釈するかが愉しみだ。又, グリーナウェイ監督の映画 「英国式庭園殺人事件」 「プロスペローの本」 等の曲も The Michael Nyman Band が演奏する。

  無声映画の傑作による film concert

最近の彼は, Hollywood の major 作品の映画音楽を手がけつつ, 個人的な fan でもある無声映画に音楽をつける試みを行っている。 中でも Nyman が 「silent 映画で最も重要な作品」 と評価する, ジガ・ヴェルトフ監督の documentary 「カメラを持った男」 (1929 年・ソ連) に付けた音楽は, 「私が書いた film score の最高の自信作」 だという。 今回は hall に特設された screen にこの映画を上映し, The Michael Nyman Band が演奏する日本初演の concert が実現した。 様々な映像技法を駆使してロシアの街や人を撮影した目眩く映像に合わせて, pfte 管弦楽が thrilling な演奏を繰り広げる。 「強い power を持った映像で, それに負けない音楽を作った。 Documentary 映画は台詞や物語に合わせて作曲する制約がないので, 自由な発想で作曲できた」 と Nyman は語っている。

上記の広告に拠れば, The Piano (ピアノ・レッスン) のサウンドトラックは, 東芝 EMI より VJCP-25076 として発売されており, 「カメラを持った男」 の DVD は 28 May にアスミックより発売されるそうだ。 この DVD のジャケットは後悔当時のこの映画の poster が使われているということだ。

又, Michael Nyman は Tuesday, 1st June の 19:00 から渋谷タワーレコードで, 又 21:00 からは新宿タワーレコードで, インストアイベントに参加するそうだ。

The Piano (ピアノ・レッスン) はジェーン・カンピオン監督と組んだ 1993 年の映画で, 主人公エイダは, pfte を通じてしか自己の感情を表現することが出来ない。 その不自由な境遇に, グリーナウェイとの共同作業で積もり積もった不満を Nyman が重ね合わせたと書けば, 深読みのそしりを免れないかもしれない。 だが間違いなく言えることは, 人知れず大地に包まし食いきる可憐な花, 即ち十九世紀 Scotland で愛唱されていたという民謡 Bonny Winter’s Noo Awa を Nyman が摘み取り, ヒロインの identity の在り処を表現する main theme 「愉しみを希う心」 として見事な “flower arrange” を施したという厳然たる事実である。 ルーマニア民謡の収集に多くの時間を費やした音楽学者時代から, 近年のインド音楽や琉球音楽への関心に至るまで, 本質的に Nyman という人は民謡という “小さな花” の生命力にこだわり続ける作曲家でもあるのだ。

前島秀国
イギリス映画音楽会に咲いた大輪の花

The Draughtsman’s Contract (英国式庭園殺人事件) は 1983 にグリーナウェイ監督と挑んだ長編第一作で, ヘンリー・パーセルへのオマージュであったそうだ。

「カメラを持った男」 が日本で最初に公開されたときの title は 「これがロシアだ」 だったそうである。 監督はジガ・ヴェルトフ。 Nyman は 17th May, 2002 にロイヤル・アルバート・ホールで初演。

隠しカメラを用いて大衆の生活の不意打ちを捉えた realist ヴェルトフは 「カメラを持った男」 で記録映画を芸術にまで高めた。 言葉の最も単純な意味に於て kinetic (= 運動的, 映画的) な camera を持った男がモスクワ, キエフ, オデッサを縦横無尽に駆け抜け, 目眩く montage が映画でしか表現し得ない virtual な都市空間を作り上げる。 それに合わせ, 疲れを知らぬ rhythm の攻撃を繰り出す Nyman の pfte, 鮮やかな dribble 攻撃を思わせる壮絶な迫力の管楽 section, 華麗な pass を slow motion で見せるが如き情味溢れる弦楽 section. これまでに 「カメラを持った男」 に新たな score を付ける試みは何度か行われているが, 今回の Nyman 版程ヴェルトフの圧倒的な運動制を音楽化し得たものは他にない。 「私が書いた film score の中で最高の自信作」 と彼自身が語る所以である。
 更に 「カメラを持った男」 の中で, ヴェルトフは都市の活気溢れる生活風景を撮影や編集といった映画の生成過程と重ね合わせたばかりか, 「orchestra の生演奏付きで上映される劇中映画 “カメラを持つ男” をロシアの観客が目撃する」 という二重構成を全体に施し, 映画という genre に meta-level の視点を導入したことでも知られている。 Baroque や前衛芸術の研究・演奏を通じて音楽の持つ system の多様性を自覚しながら “音楽の post modern” を実践してきた Nyman 故, そうしたヴェルトフの側面を見逃すわけがない。
 今回別の公演日 (4th June) に演奏される 「数に溺れて」 で Mozart を換骨奪胎し, 「ピアノ・レッスン」 で Scotland 民謡を引用した Nyman は 「カメラを持った男」 を手がけるに当たり, 何と 1996 年に彼が手がけた game “enemy zero” の音楽 (これは知られざる Nyman) の傑作である) から主要素材をそっくり転用しているのである。 にもかかわらず, どうしてピッタリとヴェルトフに “合う” のか? 実は Nyman という人は, 実に素晴らしい映画音楽を書いているのではなく, 「映画音楽とは, どのように機能する音楽なのか」 という mechanism そのものを我々に問うているのだ。 ヴェルトフの力を借り, その問題提起は 「カメラを持った男」 で頂点に達した。 実に六年ぶりとなる来日公演で, 我々は彼自身の驚くべき解答を目撃することになるだろう。

前島秀国
映画音楽家ナイマン最高の自信作 --- 「カメラを持った男」
Concert のチラシから

上記の映画中の映画にはティンパニが用いられていたが, Nyman Band にはティンパニはいない。 勿論映画中の演奏と, Nyman の曲とは何の関係もない。


晴れ。 月曜には雨の予報だったが, 六月に入ってからはずっと晴れの予報になっていた。 横浜は開港 145 周年記念の日である。 行く途中電車の中から虹が見えた。 何かいい兆候であろうか。
 Hall 前に到着したのは 18:25 頃。 遅れるんじゃないかと心配したが, 丁度いい頃合いである。
 中にはいってみると上手端に pfte (鍵盤が観客席向き), その横に band の為の席がある。 後で分かったが, pfte の直ぐ横が vn (二台), その直ぐ左後ろが va, va の直ぐ右後ろが vc. そして va の後ろと横が管楽 section (七人) である。 正面にある org を覆い隠して一面にスクリーン (但し黒い幕で被われていて見えない), 左右にかなりでかい PA.

19:03 chime. 1908 より第一部 (pfte solo part).
Pfte は淡々とした感じで, pedal が常に踏まれている感じ。 重厚な響きになる場合もあるが, 混濁が激しい場合もある。 管楽器と session しているときは仕方がないと思うが, solo の時位, 電気増幅はしないでいて欲しいという気がする。 重厚な響きの静かな曲が良かった。

19:20 band 入場。 Pfte で tuning. (--19:43)
二人の vn が淡々と弾いているのに対し, va と vc が必死に弾いている感じが面白い。 特に va の女性は一曲毎に弓に張ってある馬の尾の毛を切っていた。 力の入れすぎであろうか。 席が 9 列 15 番だった所為か, PA がやや五月蠅い。 もう少し後ろの方が良かったかも。 (4th June はどうかな?)
弦楽 section の人達は曲間で 弓をマイクに当てていて, びっくりするくらい大きい音を立てていた。

《二十分休憩》 ロビーを歩き回ってみるが, 取り立てて面白いこともなし。

19:59 アナウンス。 第二部 20:05 -- 21:14
映画は特に theme がなく, 動くものなら何でも撮ったという感じ。 映画 (カメラを持った男) の開演風景, (なんとなく) 眠り (という theme で集めたような映像), (なんとなく) 活動, (なんとなく) 生と死, ... といった感じに, 静動静動と繋がって行き, 音楽もそれに合わせて二つの themes の variations が流れるという感じ。 音楽なしに見たら詰まらないかもしれないが, 結構楽しめた。

9:18 までアンコール。 帰りにアンケート回収箱の所に, この concert のチラシが置いてあった。 貰っていなかったので, 貰って帰る。

Nyman は音楽的な文脈 minimalism を (音楽評論家として) 初めて使った人であるらしい。 Minimalist であり, 映画音楽家である Nyman を堪能することが出来た一夜であった。 明後日は又違った切り口から彼の作品を鑑賞出来るのであろうか?


Quiz 番組で, 「さて映画ピアノ・レッスンの作曲家の名前は?」 という出題に, 回答者全員, 競って机上の buttons をピンポンピンポン。 それほど popular になった前衛作曲家の来日公演 (二日, 東京・錦糸町のすみだトリフォニーホール)。
 いや〜相変わらず wild で力強い演奏。 Nyman は精神の重量挙げ選手権があったら金 medal 確実! というほど精神力がありそう。 本公演, 演目の目玉は, やはりジガ・ヴェルトフ監督の silent 映画 「カメラを持った男」 との管弦による生シンクロ演奏。 これは良かった!
 近年, ますます噛み砕かれ, およそ味抜きされた映像と音の関係が, といって, 萎えてる場合じゃないなと久し振りに感じた。 先ずきっぱりして気持ち良いのは, Nyman のこの映画と自身の音楽を合体させたら凄いことになるんだぞ, という直感と確信が劇場空間に (ほとばし) っていたということ。
 又この映画と音楽には ressentiment 的な嘘が無い。 聴衆は淡々と力と力が絡み合い上昇している様を感じるだけだ。 時間というのはながれていないんだよ。 はたまた三十秒後の scene は, 十六小節後の音符は未来からやって来るんじゃないんだよと言わんばかりに 「たった今」 の深層に向けて様々な意味の motif を投げかける。
 ヴェルトフ監督の 「カメラを持った男」 が製作された 1929 年当時のソビエトは, 当然大きな政治問題や, それに関連した芸術運動で大混乱の世であったと思う。 Propaganda 映画や写真, 絵画, 演劇, 文学等々。 統制された範囲の中で, 皆, 網の目を潜りながら個々の手法を模索し, 真理の解明に明け暮れていただろうと想像する。 しかしそんな中, この映画は何と気持ちの良い勢いで根源を浮かび上がらせていることだろう!
 働く男, manicure を塗る女性, 靴磨き, 躍動する機械等の市民の日常を綴る短い断片が, それぞれの差異を踏み台にして bound しながら突き進む。 Camera を持った男は映画の中に登場しながらも市民の日常を撮り続ける。 その映画を劇場で市民が鑑賞する (この映画の中で) という三角関係, いや循環構造になっているところが又凄い!
 ところで映画冒頭の title 部分に面白い注意書きがあることに気が付いた。 そこには, 鑑賞上の注意 --- これは世の事象を記録した映画的 communication に於ける実験である。 字幕なし (字幕不使用映画) 演劇なし (装置・俳優など不使用映画) と。
 要するに, ここに示すことが, 人々が悶々として止まない疑問の答えであるが, それは文章や dramaturgies を使った演劇で説明するには及ばず, この映画のそれぞれ動く実体から生まれる差異が, 正しく communications の原動力である。 又それが start 地点だ。 だからその stance から出発しようよと言っているように思える。
 Nyman がこれを見過ごすはずはなかった。 彼は, それに輪をかけて意味を deform した。 それが Nyman の地である baroque 音楽の肌触りやジャジャジャジャジャジャ という激しい小刻みの rhythm に突き動かされて長〜い climax を繰り広げる。 しかし突然, まるで指輪をつけて透明となったギュゲスが王妃の部屋に忍んで息を潜めるように治まる。 が, 突然又ドカ〜ンと climax に。 あ〜もうなんだか......。

清水靖晃
音楽
無声映画との合体 ワイルドに
マイケル・ナイマン・バンド
朝日新聞, morning, Thursday, 10th June, 2004.


2004 年のコンサート鑑賞記録の目次
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