アキレスと亀

Friday, 14th July, 2000.

有名なゼノンの逆理 (paradox, パラドックス) の一つ。出典は何処かと思ったら H. Diels-W. Kranz Die Fragmente der Vorsokratiker 3 Bde., 1951-526, Berlin. (ディールス-クランツ: ソクラテス以前哲学者断片集, 岩波) 第 II 部 第 29 章 Ζήνων ゼノン (ca. 488 B.C.--) 25--28 によると次のようである。

25 運動変化に関するゼノンの議論は四つあって, それを解こうとする人達を手こずらせている。 その第一は, 場所移動するものがその目的点に到達するには, それに先立ってその半分の所に到達しなければならないが故に, 運動変化はあり得ないという事についての議論である。これについては, 先の議論の過程 [Z2. 233 a 21] で詳述済である。ゼノンのこの議論が誤っているのは, 限られた時間のうちに無限のものを通過し尽くすこと, 或いは無限のものの逐一に触れ終えることは出来ないとする点にある。何故ならば, 距離も時間も, 或いは連続点なものは全て二通りの仕方で無限だと言われる, 即ち分割に関してそう言われると共に, 末端を見てそう言われもするからである。成る程, 量的に無限のものを限られた時間のうちに触れ終えることは出来ないが, 分割に関して無限のものについては出来るのである。何故なら, 時間そのものもその点ではやはり無限なのであり, 従って, 限られたものではなく無限のものに於て無限のものを通過し, 限られたものではなく無限のものによって無限のものに触れていくことになるからである。
’Αριστοτέλης (アリストテレス)
自然学 Z9. 239 b9.

26 第二は "’Αχιλεύς (アキレウス)" と呼ばれているものである。最も 遅い走者が最も早い走者によっていつまでも追いつかれないであろう, というのがそれで ある。何故ならば, 追いかけるものは, 追いつくのに先立って, 先ず逃げるものが走り出した出発点に到達しなければならず, 従って必然的により遅いものが, 絶えずわずかなりと先行し続けるからだ, というのである。しかし, これは「二分割」と同一の議論で, 唯付け加わる大きさを二つに分割しない点に違いがあるに過ぎない。
Ibid. Z9. 239 b 30.

実は Diels-Kranz op. cit. 第 28 章パルメニデス A. 1. によると
又パボリノスが「歴史雑録集」[fr. 14 FHG III 579] に於いて言っているところによると, 「アキレウス」の議論を初めて設問したのは彼 [=パルメニデス] であった。
ディオゲネス・ラエルティオス
ギリシア哲学者列伝 IX (23).

とあるので, 本来はゼノンの逆理ではなく「パルメニデスの逆理」と呼ぶべきなのかもしれない。とにかく上記には何も出てないが, 普通「アキレスがいつまでたっても亀に追いつけない」というパラドックスとして有名である。

さて, 別の問題を提出しよう。

ある高さ h [m] (例えば 5 m でも良い) からボールを落とす (落とすといってもその高さで軽く手を離すだけで良い。何も地面に叩きつける必要はない)。ボールは跳ね返ってくるが, 色々な条件により普通は元の地点まで完全には戻らない。跳ね上がる高さは, 元の高さの a 倍 (0 < a < 1) としよう (例えば 1/2 でも 2/3 でも良い)。

この設定の元では

  1. 必ず前の高さの a 倍まで跳ね上がるが, a も元の高さも 0 ではないので, いつまでたっても跳ね上がる高さは 0 にならない。
  2. 従って (空気抵抗や摩擦等の条件を無視すれば) ボールは永久に跳ね続ける。

と思いがちだがそれはである。何処が嘘だか分かる ?

実はこれが形を変えた「アキレウス」即ち「アキレスと亀」のパラドックスなのである。いつも a 倍, a 倍と距離が短くなるのだから, 跳ね上がって戻ってくる時間の方も短くなる。従って, 跳ね上がって戻るという過程は無限回あるのだが, その全過程は有限時間で終わってしまう。結構これは意外だと思いませんか ? つまり上記の 1 は正しいが 2 は嘘なのである。1 の「いつまでたっても」という表現は紛らわしいが, それは「何回跳ね返っても」という意味で使っているつもりであるが, 表現に騙された人もいるかもしれない。

信じられないかもしれないので, 一寸式を書いて説明する。

[跳躍]

図を見れば分かる通り, 跳躍する距離の和は
h + 2ah + 2a2h + 2a3h + ……
= h + (2ah/(1 - a)) = h((1 + a)/(1 - a))
で距離の和がもう既に有限だから時間も有限なのはなんとなく分かるのじゃないかな ? (ここで無限等比級数の和の公式を用いているのだが, 分からない人がいたらそこの証明も書くので BBS なり何なりでその旨お知らせください)

時間の方は, 一般に高さを x [m] とするとき重力加速度 gravitational acceleration, acceleration of free fall g = 9.806 m/s2 (岩波理化学辞典) として物理の公式 (っていうか定義と積分とから) gt2/2 = x なので t = (2x/g)1/2. それを用いて時間の和は
(2h/g)1/2 + (4ah/g)1/2 + (4a2h/g)1/2 + ……
= (2h/g)1/2(1 + (2a)1/2 + (2a2)1/2 + (2a3)1/2 + ……)
= (2h/g)1/2(1 + (2a)1/2/(1 - a1/2)).
というわけで確かに有限時間で終わっていることがわかる。

この話は実は大学時代に今は NTT にいるはずの友人に聞いたものだ。ちゃんと計算してみるまでは私も信じられなかった。最近美術の先生に同じ話をしたらやっぱり信じられない様子なので, 計算というものはそういうときにも役立つのだという一例として一寸書いてみた。


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