作曲技法に現れる数学

Monday, 29th May, 2000.
Monday, 21st August, 2000.
Friday, 29th September, 2000.
Friday, 2nd March, 2001.
Thursday, 21st September, 2001.
Saturday, 12th July, 2003.

Jonathan D. Kramer による数学と音楽の接触の局面の四分類。

  1. 音の性質, 音響発生用電子機器や回路, 人の耳の生理学, 認識の心理学等についての研究。これらは総て数学に根差す諸科学の力を借りて行われる。

  2. 既存の楽曲の数学的分析。これは新しい作曲の方法を導くことにもなりうる。

  3. 音楽の素材, 特に論理的系の中での音律の研究。これは直接的には作曲への応用を考慮すること無しに行われるが, 十二音音楽のように理論家と作曲家が同一人であるような場合には, 屡々新しい作曲法を誘導することになる。

  4. 数学を用いた作曲法。

今まで作曲に応用された数学は, 乱数や数列のような "number system," 集合論や群論, 確率論, 情報理論, 調律と平均律である。(Kramer)

調律と平均律計算のための数学は, ピュタゴラスやアリストクセノースの仕事, そして中国の三分損益法などをはじめ, 平均律やピュタゴラス音階と純正律との差の計算などがある。特異な作曲家 Harry Partch (1901--) は純正律に近い音階として43平均律を提唱し, そのような楽器を作って多くの作品を書いている。(松平頼暁(よりあき))

情報理論を応用した作品例としては, Lejaren Hiller (1924--) の computer による作品 Computer Cantata, 1963などがある。

Iannis Xenakis (1922--) は確率統計理論を用いて音群を処理する作曲法 musique stochastique を開発した。そこでは音響の形態や運動が, 関係する諸 parameters の統計理論に基づく数学計算によって決定される。 即ち音と音との結びつきの可能性や音の変化の分布を推計学的に計算しているのである。61 人の管弦楽のための Metastasis, 1954 がこの技法による最初の作品であり, このころは手計算でこの膨大な計算をしていたが, 1962 年の弦楽四重奏曲 ST/4 以後には計算に computer が導入されている。

Arnold Schönberg (1874-1951) 以後の十二音主義者達は音列 série の特殊な変形手段として集合論ないし 群論的思考を用いた。音列 série とはオクターブに含まれる12個の音集合の重複しない順列を言う。Schönberg は 原型音列に対して「逆行型」(最初から読む代わりに最後から読んだもの), 「反行型」(音程の上下関係を逆転させたもの, C を固定する場合 12 - x の変換),「反行逆行型」を規定した。例えば円周率を 12 進法で表したものを 30 桁求めると 3.184809493B 918664573A 8051728B34 であるので (重複分を除いていって) セリーとして 318409B657A2 を得る。A を A に変換するようにすれば音列として次のような例を得る。
原型: D C G Es H As B F E Fis A Cis
逆行型: Cis A Fis E F B As H Es G C D
反行型: D E A Cis F As Fis H C B G Es (35A269701B84)
反行逆行型: Es G B C H Fis As F Cis A E D.

(反行型は最初の音に関して反転しなければならないようであるので, 採用した式は最初の音の番号 3 を用いて (12 - (x - 3)) + 3 = 18 - x. 正確には 12 以上になったら 12 を引かねばならない。ここの誤りはまう氏によって発見することが出来た。Wednesday, 27th September, 2000.)

後に電子音楽の創始者となった Herbert Eimert (1897--) 達はこれらに加えてこの数列を 5 倍して 12 で割った余り, 或いは 7 倍して 12 で割った余りを求めるという変換法を考え出した (数学ではこれを ×5 (mod 12) 変換などという。5 と 7 なのは 12 と互いに素な数が他にないからである)。先程の例の原型についてのみこの変換を施すと
×5 (mod 12): D E Es G H As Fis F C B Cis A (354809761B2A)
×7 (mod 12): As Fis G Es H D E F B C A Cis (97840356B1A2)
この変換法と等価な変換法がある。0 に対応している H からの下属音 (即ち4度音程) が並んでいく列を考えると H E A D G C F B Es As Cis Fis という列を得る (先頭から 0, 1, 2, 3, ... と対応させる)。先程の (原型の) 例 318409B657A2 をこの番号付で読み替えるとこれは丁度 ×5 (mod 12) 変換と同じである。このことから ×5 (mod 12) 変換を四度変換ということもある。同様に属音 (即ち 5 度音程) の並び H Fis Cis As Es B F C G D A E で読み替えると丁度 ×7 (mod 12) 変換と同じであるから屡々五度変換と呼ばれる。この二つの変換は互いに逆行形になっている。 四度と五度とが互いに逆行形であることからほぼ明らかなことである。

ついでに言っておくと, ×5 (mod 12) 変換を二度, 或いは ×7 (mod 12) 変換を二度連続して行うと, 5×5 = 25 ≡1 (mod 12), 7×7 = 49 ≡1 (mod 12) であるから, 元のセリーに戻る。また ×5 (mod 12) 変換と ×7 (mod 12) 変換を連続して行うと, 5×7 = 35 ≡ -1 (mod 12) だから反行変換と同一の変換になる。

セリーの考え方を音の長さ, 強弱, attack の型 (即ち減衰と音の立ち上がりの型), 音色, 音源の位置にまで適用した総音列主義者達即ち Pierre Boulez (1925--, Structure I 等) や Karlheinz Stockhausen (1928--, Gruppen, 1955--57) 等も, 集合論や群論の助けを借りて彼等の理論を確立して行った。

数は幾何学的図形と共に, 多くの作曲家の想像量を刺激してきた (Kramer)。有名な Fibonacci の数列 (正確には Lucas の数列だが。この二つの数列は初期条件だけが違う), an+2 = an+1 + an で a1 = 1, a2 = 2 としたもの  (Fibonacchi 数列はa2 = 1 とするところだけ違う)。もっと具体的には 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, ...... である。

(と書いてはみたものの, Lucas 数列はもしかしたら 0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, ... だったかも知れぬと思い始めました。調査しますので, あんまりここを引用なさらないように。
 ある HP によれば, Lucas 数列は 1, 3, 4, 7, 11, 18, ... だそうである。 Lucas の発表年は 1877 だそうだ。)

宮地俊彦氏によれば, Fibonacchi 数列は 1, 1, 2, 3, 5, ...... で, Lucas は 1, 3, 4, 7, ...... だそうだ。 下に出てくる一般項の公式は普通 「ビネの公式」 と呼ばれている。

Luige Nono (1824--) は Il Canto Sospeso (独唱と合唱と管弦楽のための「遮られた歌」) に於いて, 音の長さに関してLucas数列を使っている。又 Stockhausen の Klavierstuck IX (ピアノ曲No. 9) で拍節構造にこれを用いている。Vinko Globokar (1934--) は Notes for Pianist の終わりの部分で, piano の枠を叩く rhythmic な section を第 7 項までのLucas 数列の間隔 (秒数) で区切っている。この他にも Ernst Křenek (エルンスト・クルシェネック, Austria, 1900--) の Fibonacci Mobile や Cristóbal Halffter の Fibbonacciana などの例がある。良く知られているように Fibonacchi 数列の一般項 (の項の番号を一つずらしたもの) は an = 5-1/2 [((1 + 51/2)/2)n+1 - ((1 - 51/2)/2)n+1] なので黄金律 (1 + 51/2)/2 の近似値としてもよく採用される。Béla Bartók (1881--1945) は楽曲何の各部分の時間の比率に黄金律を応用したのだそうである (例えば 1934 年の弦楽四重奏曲第 5 番)。

Jean-Claude Eloy (1938--) は Macles (十字形結晶) に於いて, 乱数による rhythm から出発し, それを代数的, 順列計算によって変化させるという方法を採った。松平頼暁のグラスハープと打楽器のための作品 Crystal は音の高さ, 長さ共に乱数によっている。

同じ松平は a2n-1 = an という, 各項を一つ置きに取った数列が現数列と一致するという (non-trivial な) 数列を用いて Etudes for Piano II を書いている。

R. F. Voss という人 (USA, IBM 研究所) は音楽家ではないが, 音楽をマイクロフォンで受けた電気信号を自乗検波したものを音響 power と呼んでいるが classical music では 1/f spectra であることを発見した。又東京工業大学の鈴木真人氏は音圧波形の 0 から次の 0 までの時間間隔の逆数を瞬間的な周波数と定義し, 音楽の音の高さ変動の spectra を求めたところ, やはり classical music では 1/f 型であることが分かった。その事から逆に Voss 氏はこの 1/f の spectra を持つ乱数によって音の長さを選び, 音の五線紙上の位置を別の 1/f 乱数で選び出して作曲をするという試みをしている。(その他にも普通の一様乱数や 1/f2 乱数なども用いている)

この他にも, 数学や, 数学的思考に基づく作曲法は知られているし, 「人間のすることには際限というものがない」と誰かが言っていたが, こうしている間にも新しい数学的方法に基づく新しい作曲法によって作曲している人はいるに違いない。


あとで, chat room である人に指摘されたことだが, canon (の楽譜) というものはそれ自体 wall paper group (壁紙群) に, 相似変換を加えたものである。成る程, そういう見方もあるなぁ (笑)。


参考文献:
J. Vinton ed., Dictionary of Contemporary Music, E. P. Dutton, New York, 1971, Mathematicsの項
松平頼暁(よりあき) ゑれきてる (10), 1983, 東芝
H. B. Lincoln ed., The Computer and Music, Cornell Univ. Press, 1970
松平頼暁, 講座・情報社会科学16, 1972, 学研
I. Xenakis, Formalized Music, 1971, Indiana Univ. Press, 高橋悠治訳「音楽と建築」, 1975, 全音, 松平頼暁, 20.5 世紀の音楽, 1984, 青土社
松平頼暁, 数学を用いた作曲法, 特集/応用数理は変貌する, 数学セミナー (10), 1985.
武者利光, ゆらぎの世界 ---自然界の 1/f ゆらぎの不思議---, 講談社ブルーバックス, B442.

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