De Moivre の定理は, 虚数, 或いは複素数の三角法の全く新しい世界への鍵であった。
Euler は現在知られているような Taylor
展開による方法によって前述の関係式
eix = cos x + i sin x
を得たのではないとの指摘が似鳥氏より BBS
にてなされた。ここでは Euler
が「無限解析序説」に載せているという方法を紹介する。結局現代的な厳密な証明が最初に誰によってなされたかは,
調べがつかなかった。各種文献に, それが出ていないのは,
先取権という観点からすれば, Euler にそれを帰せば充分であるからかもしれない。
先ず, 三角比を習えば誰でも習う
(所謂ピュタゴラスの定理の変形である)
cos2x + sin2x = 1
から始める。念のために言っておくと sin2x = (sin x)2
を意味するのであった。
この式の左辺を虚数単位 i
を使って無理やり因数分解する (と書いたが,
三次方程式の解の公式の作り方等を見ると,
極めて自然なやり方であることが分かる)。
cos2x + sin2x = (cos x)2 - (-sin2x)
= (cos x)2 - (i sin x)2 = (cos x + i sin x)(cos
x - i sin x).
これを見ながら, 第二因子を (- じゃなくて + にしてから)
x じゃなくて y にしたらどうなるだろうか ?
というのは極めて自然な発想である。やってみると,
加法公式が成り立つから
(cos x + i sin x)(cos y + i sin y)
= cos x cos y - sin x sin y + i (sin x cos y + cos x sin y)
= cos(x + y) + i sin(x + y)
が成立する。そして (cos x - i sin x)(cos y - sin y) = cos(x + y) - i
sin(x + y) も同様に確かめられる。そこで x にも y にも z
を代入すると
(cos z ± i sin z)2 = cos 2z ± i sin 2z (復号同順)
が得られる。同様に
(cos z ± i sin z)3 = (cos z ± i sin z)2(cos z ± i sin
z)
= (cos 2z ± i sin 2z)(cos z ± i sin z) = cos 3z ± i sin 3z (復号同順)
などなどと繰り返していくと, de Moivre の公式
(ド・モアブル, イギリス, 1667--1754,
「級数と求積に関する解析雑録」, London, 1730)
(cos z ± i sin z)n = cos nz ± i sin nz (復号同順, n は整数)
が数学的帰納法により証明できる。
De Moivre の公式の + の方と -
の方を連立方程式と思って辺々を加え, 或いは引くと
cos nz = ((cos z + i sin z)n + (cos z - i sin z)n)/2,
sin nz = ((cos z + i sin z)n - (cos z - i sin z)n)/(2i)
を得る。
さて, a > 1 を定数としよう。よく知られているように a0
= 1 であるから, ε を無限小の量とすると δ = aε - 1
も無限小の量である
(無限小の量という意味が分からない人は,
誤差に近い極めて小さい量と考えれば良い)。ここで k = (aε
- 1)/ε と置けば, これは有限確定の量 (実際には log a = limε→0(aε
- 1)/ε) である。この式を変形して
aε = 1 + kε
である。ここで ω によって
aεω = (1 + kε)
と書ける。特に z を有限確定量として, ω = z/ε
と置くと ε は無限小量だったから, ω
は無限大量になる。これから逆に ε = z/ω. 再び代入すると
az = (1 + (kz/ω))ω
を得る。
さてここで Newton (1665)
によって既に得られていた二項定理
(a + b)n = Σr = 0n nCr an-rbr
を用いて右辺を展開すると (面倒なので Σ
を用いないで最初の数項だけ書くと...)
az = (1 + (kz/ω))ω
= 1 + (ω/1)(kz/ω) + (ω(ω - 1)/2!)(kz/ω)2 + (ω(ω - 1)(ω
- 2)/3!)(kz/ω)3 + ……
= 1 + kz/1 + (ω - 1)/(2!ω))(kz)2 + ((ω - 1)(ω - 2)/(3!ω2))(kz)3
+ ……
ここで ω が無限大量だったことを思い出すと
(ω - 1)/ω = 1, (ω - 2)/ω = 1, ...
であるから結局
az = 1 + kz/1 + (kz)2/2! + (kz)3/3! + ……
特に eε = 1 + ε となるように定数 e > 1 を選ぶと ez
= 1 + z/1 + z2/2! + z3/3! + ……
でよく知られている自然対数の底である。
一寸寄り道してしまったが, 元に戻すと, 結局無限大量 ω
によって
ez = (1 + (z/ω))ω
であることが分かったわけである。これを元にして
cos nz = ((cos z + i sin z)n + (cos z - i sin z)n)/2,
sin nz = ((cos z + i sin z)n - (cos z - i sin z)n)/(2i)
を見直す。即ち w = nz を有限確定値とし, n を無限大量 ω
にすれば, z = w/n = w/ω
は無限小量となる。これらを代入すると無限小量 z に関し
cos z = 1, sin z = z が成立する (後者については, 良く limx→0(sin
x / x) = 1
の証明をするときのような図を書いて説明されている)
ことから
cos w = [(cos z + i sin z)ω + (cos z - i sin z)ω]/2
= [(1 + i z)ω + (1 - i z)ω]/2 = [(1 + i w/ω)ω +
(1 - i w/ω)ω]/2
= (eiw + e-iw)/2
を, 同様に
sin w = (eiw - e-iw)/(2i)
を得る。これらから前のように辺々加えることによって
eiw = cos w + i sin w
を得る。
上記を読んでいくと「無限小量 z に関し cos z = 1, sin z = z が成立する」というところが標準解析的には救いがたく, 厳格ではない (Robinson の超準解析的には極めて当然ではある)。
Euler 全集 I-8, p. 148 の脚注には Goldbach 宛ての書簡 (9th
December, 1741 付け) に
(2i + 2-i)/2 = cos log 2
又別の (8th May, 1742 付け) 書簡には
(api + a-pi) = 2 cos (p log a)
に相当する式が出ているということである。
尚, de Moivre の公式
cos nz = ((cos z + i sin z)n + (cos z - i sin z)n)/2,
sin nz = ((cos z + i sin z)n - (cos z - i sin z)n)/(2i)
を二項展開してから, そこに於いて 「w = nz
を有限確定値とし, n を無限大量 ω にすれば, z = w/n = w/ω
は無限小量となり, これらを代入すると無限小量 z に関し
cos z = 1, sin z = z が成立する」ことを用いて一寸頑張れば, sin
x と cos x に関する前述の Taylor
展開を得ることができる。これも Euler が「無限解析序説」に書いていることである。
参考文献:
高瀬正仁: dx と dy の解析学・オイラーに学ぶ, 数学セミナー
(4), 1999--(4), 2000.
Leonhardt Euler, スイス自然科学者協会編: オイラー全集,
Birkheuser, から, 「無限解析序説」, 1748 (原文ラテン語)。