エキゾチック exotic

Sunday, 13th July, 2003.


「異国情緒のある」 というような意味である。 英語だと単に 「外国の」 というような意味である。

数学ではこの用語は大体 sphere (球面) と一緒に使われ exotic sphere (異種球面, エキゾチックな球面) として知られる。 有名な Karen K. Uhlenbeck (と Daniel s. Freed) の有名な本 Instantons and Four-Manifolds, Springer では同様の概念が §1 で fake R4 として紹介される。 球面でない場合は fake と言うのであろうか ? しかし曖昧な記憶に拠れば, この場合も exotic 4-space などと言及する人もいたような気がする。 良くこの本 (の §1) を見てみたら, 7 行目に既に an exotic differentiable structure と出て来るので, やはり数学上 (微分位相幾何学上) 一般的な用語であることが分かる。

さて, 以下の説明は, 殆ど普通の人には分からない用語を並べないと, 私には説明できない。 少なくとも 「微分位相幾何学」 と呼ばれる分野の様々な用語を出来るだけ避けて説明するが, 分からない場合は, その分野の専門書, 或いは Internet 上の sites を参照してくださるようお願いする (私に質問されてもこれ以上は答えられない)。

二つの多様体 manifolds M, N が微分同相 diffeomorphic (正確には of class C) であるとは, 微分同相写像 diffeomorphism f: M → N が存在することである。 と, これでは説明になってないので, もう少し説明すると, f が bijection (全単写, つまり上への一対一写像) であり, f 及びその逆写像 f-1 も共に C 級であること, である (C の代わりに Cn (n は非負整数) にすると Cr-diffeomorphic)。 C 級ということを砕いて言うと, こっちで (例えば M で) 尖っていないとすれば, あっち (N) でも尖っていない, というようなことである。 逆に, こっちで尖ってないのに, あっちで尖っていたらそれは微分同相ではない。 つまり 「『滑らかさ』 迄を判定基準に加えても尚同じ形」 ということを意味している。 滑らかさは度外視して同じ形 (つまり連続性だけを要求する, 上の言い方でいうと --- 普通はそんな言い方はしないが --- "C0 級の微分同相") であるときそれらは同相 (位相同型) homeomorphic であるという。

John W. Milnor (ミルナー) は 1956 年に On manifolds homeomorphic to the 7-sphere, Ann. Math., 64, 1956 pp. 399 -- 405 (わずか 7 pages しかない論文 !) で 7 次元の球面に, 同相ではあるが, 微分同相ではないものがあることを発表した。 これが exotic 7-sphere と呼ばれるものである。 これについて 1962 に H. Whitney がストックホルムで行われた国際数学者会議でこんなことを言っているそうである。

In 1956, the mathematical world was astounded by Milnor's proof that the 7-dimensional sphere S7 was capable of several differential structures.

Milnor の Classification of (n - 1)-connected 2n-dimenssional manifolds and the discovery of exotic spheres, in Surveys on Surgery Theory, vol. 1, ed. by S. Cappell et. al., Ann. Math. Studies, 145, (2000) pp. 25 -- 30 の松本幸夫氏の要約を (多少編集して) 掲げておこう [7 次元 エキゾチック球面, 数学セミナー (12), 2002]

「一番簡単な 2n 次元 C 級多様体を分類すること」 を当面の目標にした。 そして, 球面よりは一寸複雑で, しかも充分簡単な構造の多様体として, 次のようなものを考えた。
 Sn を底空間として n 次元円盤 disk Dn を fiber とする fiber bundle En.
そうすると, これは境界 boundary を持つ滑らかな 2n 次元多様体になる。 もし, この境界 ∂E2n が S2n-1 であれば, 別の D2n を用意して, こちらの D2n の境界である S2n-1 と ∂E2n の方の境界の S2n-1 とを張り合わせると, 境界を持たない (閉じた closed) 滑らかな多様体 M2n = E2n ∪ D2n が出来上がるはずである。 この M2n は充分簡単な構造の 2n 次元多様体である。

さて n = 1 の場合を考えてみよう。 E2 は円周 S1 上の D1 bundle である。 D1 とは閉区間 [0, 1] と微分同相なので, S1 に沿って線分がずらっと並んでいると思えばよい。 これは二種類あって, ねじれているものとねじれていないもの, そして, ねじれていないものは円筒であり, ねじれているのが有名なメビウスの帯である。 ねじれていない方に D2 を二枚貼ると, S2 になってしまうが, メビウスの方に D2 を一枚貼ったものは私が説明したようにそれは実射影平面 RP2 と呼ばれるものになる。

n = 2 の場合はというと, S2 上の D2 bundle は, Lie group SO(2) の基本群 π1(SO(2)) = Z (本当は = ではなくて同型 isomorphic だが本質的でないので, 以下 = で示す) の要素によって, その 「ねじれ」 が記述されることが分かっているので, Ek4 でねじれが k である fiber bundle の全空間を表すものとすると, これは境界を持つ滑らかな 4 次元多様体であり k = ±1 の時に限って境界が (唯一つの) S3 になることが分かっている。 この時 E14 に D4 を張り合わせると複素射影平面 CP2 又はその向きを逆にしたものと微分同相である。

n = 3 の場合は, S3 上の D3 bundle にはねじれが存在しないことが分かっている。 従って違うものは出てこない。

n = 4 の場合が問題である。 この時, S4 上の D4 bundle E8 のねじれは Lie group SO(4) の 3 次元 homotopy group π3(SO(4)) = Z + Z (+ はこの場合直和) で記述されている。 従ってねじれは二つの整数の組 (i, j) で表されるとして良い。 ねじれが (i, j) である bundle の全空間を E(i, j)8 と表すことにする。 これは境界を持つ滑らかな 8 次元多様体である。
 i + j = ±1 の時に限って, ∂E(i, j)8 の homotopy type が S7 と同じ (つまり homotopy sphere) になることが分かっている。 (i, j) = (1, 0) の場合, この境界に D8 を貼り付けると, 四元数射影平面 HP2 になる。
 次に Milnor は (i, j) = (2, -1) としてみたらどうかと考えたらしい。 この場合 ∂E(2, -1)8 が (普通の) S7 であるとしたら Hirzebruch の index theorem (ヒルツェブルフの指数定理) と矛盾する性質があることが分かった。
 Milnor は初め, この結果は 「homotopy sphere は球面か ?」 と言う Poincare 予想の 7 次元での反例を見つけたと思ったらしい。 ところが ∂E(2, -1)8 は S7 と位相同型であることが分かってしまった。 そうして暫く考えた挙げ句, ∂E(2, -1)8 は S7 と位相同型であるが微分同相ではないということと結論づけたのであった。

上の述べ方では exotic 7-sphere の構成法が良く分からないから, 野口宏著の 「エキゾチックな球面 続トポロジーの世界」 ダイヤモンド社, 1969, pp. 147 --152 から紹介しよう。 高次元の話なので, 多分に想像をたくましくして, 尚且つ図を自分で描きながら読んでみると良かろう。

先ず普通の 4 次元球面 S4 つまり, R5 の座標 (x, y, z, t, w) に対し x2 + y2 + z2 + t2 + w2 = 1 を満たす点の集合 (に R5 から来る微分構造を入れたもの) と, 普通の三次元球面 S3 つまり R4 の座標 (x, y, z, t) に対し x2 + y2 + z2 + t2 = 1 を満たす点の集合 (に R4 から来る微分構造を入れたもの) を考えて, その直積 S4 × S3 を考える。 つまり集合として {(u, v) | u ∈S4, v ∈S3} である。 S4 は (S2 がそうであるように) 「赤道」 S03 で上半分と下半分に分けられる。 従って S4 × S3 も S03 × S3 によって上半分 A と下半分 B に分けられる。 A と B の境界 S03 × S3 をそのまま張り合わせたら元に戻ってしまうだけなので次のように考える。
 境界 S03 × S3 上の点 (u, v) は共に u = (x, y, z, t), x2 + y2 + z2 + t2 = 1 というようなものと考えられる。 これを u = x + yi + zj + tk ∈ H と四元数体の一つの数と考えると |u| = 1 という簡単な式で表される。 つまり S03 × S3H2 と考えられるわけだが, H は体であるから (u, v) ∈ S03 × S3 とすると uv ∈ H であり, |uv| = |u||v| = 1 であるから, uv ∈ S3 とも考えられる。
 さて先ず, (u, v) ∈ S03 × S3 = ∂A として, これを (u, uv) ∈ S03 × S3 = ∂B と同一視する (これを ∂A と ∂B の一つの貼り合わせという)。 この対応が一対一であることは H が体であることからすぐ確かめられる。 この貼り合わせで出来た多様体を M1 と書くと, M1 は, S4 を底空間とし, S3 を fiber とする fiber bundle になる。 貼り合わせの仕方は多項式で書けるくらいのものであるから, 滑らかに繋がっている。

ここからが専門にやっていないと数学科の中でも分からない言葉の羅列になってしまうがご容赦願いたい。

さて, Smale の結果などを使うと, M1 上に 2 つの危点 critical points を持つ Morse 函数を定めることが出来る。 この時 Morse 理論にある球面定理 (多様体 M 上に 2 つの危点しか持たないような Morse 函数が定まるとすると, M は球面 (と位相同型) である) を用いると M1 は球面。 そして次元を考えると 7 次元球面であることが分かる。
 従って残った問題はこの M1 は普通の S7 と微分構造が違うということである。
 これを示すために Thom の cobordism 理論を使う。
 今考えている多様体 M1 は S4 を底空間とし, S3 を fiber とする fiber bundle であるから, fiber bundle の基本的な性質によって, M1 を局所的に見ると, その構造は S4 × S3 になっている。 S4 × S3 = ∂(S4 × B4) なのだから, 同様にして M1 の fiber S3 に D4 を貼り付けてやれば, S4 を底空間とし, D4 を fiber とする fiber bundle B1 で ∂B1 = M1 となるものを得る。 従って M1 は 0 に cobordant であることが分かったわけである。

一寸話を横道にそらす。
以上の操作は A と B を (u, v) → (u, uv) という同一視で貼り合わせて M1 を得たわけであるが, 一般に k を奇数の整数, h, j を h + j = 1 且つ h - j = k を満たすものとして (u, v) → (u, uhvuj) という同一視によって貼り合わせたものを Mk と書くことにすると (前の M1 はちゃんと k = 1, h = 1, j = 0 となって整合性を保っていて) 7 次元位相球面であり, S4 を底空間とし, S3 を fiber とする fiber bundle であり, Mk の fiber S3 に D4 を貼り付けてやれば, S4 を底空間とし, D4 を fiber とする fiber bundle Bk で ∂Bk = Mk となるものを得ることから, 同様にして Mk が 0 に cobordant であることが証明される。 (ここで出て来た h と j が, 上記の要約の (h, j) に対応している, つまり ∂E(h, j)8 である)

Milnor は微分構造の指標として Pontryagin class (ポントリャーギン類) などを用いて, こうした 0 に cobordant な多様体 M に定数 λ(M) を対応させることを考え, 普通の 7 次元球面に対しては
λ(S7) ≡ 0 (mod 7)
であるが, 上記の Mk に関しては
λ(Mk) ≡ k2 - 1 (mod 7)
であることを示した。 例えば k = 3 とすると λ(M3) ≡ 9 - 1 = 8 ≡ 1 (mod 7) だから, 普通の 7 次元球面と微分同相ではあり得ない。 というわけで M3 は exotic 7-sphere であるということが結論されるのである。 この時の貼り合わせを振り返ってみると k = 3, h = 2, j = -1 であるから (u, v) → (u2vu-1) になっている (つまり ∂E(2, -1)8 )。

M. A. Kervaire and J. W. Milnor, Groups of homotopy spheres: I, Ann. Math., 77 (1963) pp. 504 -- 537 に 4 次元を除いて, 各次元に存在する exotic sphere の個数は高々有限個であることと, 何個あるかという個数の計算法の原理が示されている。 それによると (普通のものも含めて) 次のようになっている。

次元 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
許容構造の数 1 1 1 不明 1 1 28 2 8 6 992 1 3 2 16256

この表は (多様体の) 向きの違いによる可微分構造の違いを別々に数えている

4-sphere に exotic なものがあるかどうかは現在も未解決の問題である。

最初の方に述べたように, R4 には意外なことに無限に多くの微分構造が入る。 これは他の Rn には見られない 4 次元だけの特徴である。 現在このことの証明には gauge theory (ゲージ理論) という難しい理論を使わなければならない。

又 Kervaire によれば 10 次元の位相多様体で微分構造を入れることが出来ないものが存在することが分かっている。 その他 Smale, 田村, J. Eells, N. Kuiper, C. T. C. Wall 等も微分構造が入れられないものを示している。

一方 3 次元以下の位相多様体には微分可能構造は常に存在し, しかも一意的であることが分かっている。


参考文献:
田村一郎, 微分位相幾何学, 岩波


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